• 2014.08.29 Friday
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ワタシは「観光」というモノがそれほど好きでは無い。出掛ければそれなりに楽しむが、観光先でまめに名所旧跡を経巡るのは苦手だ。適当に歩いて見付けたモノだけで満足してしまう。街の佇まいとか、見慣れない事物に当たるとうれしくなる程度。

3回行っている「北京」だが、未だに「万里の長城」を観ていない。そんな時間があるなら街を徘徊している方が楽しい。CD屋やら本屋に行けばいくらでも楽しみは転がっている。人間観察もできる。

ずいぶん昔、生まれて初めて金沢に行った時のことだ。ワタシは「香林坊」と「近江町市場」を探索したかったのだが、上司の戦犯くんは「兼六園を観ないでどうする」と息巻いてワタシを連れてタクシーに乗り込み、むりやり「兼六園」を観させられた。今にして思えば観ておいて良かったとは思うが、観なかったとしても何も問題は無いと思う。

つまり、ワタシは面倒くさがり屋の天の邪鬼なのだ。「観光」につきまとう「…ねばならない」が大っ嫌いなのだ。観れば観たでそれなりの充実感があるのだろうが、目先の楽で自分の好きな方に流れる。「観光下手」と言うことなのだろう。

こう言う人間は「出張」でも無いとどこにも行かないタイプだ。夏休みの家族旅行を10年間毎年「箱根」で通した男だ。理由は色々考えるのが面倒くさいから。実家に生まれて実家に住んでいる板橋原住民に帰る田舎はないし。筋金入りなのである。

理想は一人旅。無計画に思いつきで歩き回り、道に迷って街を彷徨う。疲れ果てて道端にしゃがみ込む。街の喧騒に包まれながら味わうホッとした感じが好きだ。孤独な夕食だけは嫌だけれど、それもまた良い思い出になる。

一人でアジアの街を彷徨いたいなぁ。無理を承知で言ってみた。
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東京で生まれ東京で暮らしていると世の中が見えなくなると言うか、世相と言うモノの捉え方の勘所が狂ってくるらしい。

先般一週間、中国の東北部を旅して、昨日は短い間だったが名古屋に行った。それだけでも、ワタシの中で色々なベクトルのズレが発見された。

意識しないでも飛び込んでくる色々な細かい情報が、自分が思い込んでいるモノと違うのですよ。些末な事柄の積み重ねなので面倒臭いからココではいちいち挙げないが、こう言う検証をするとしないでは心の持ちようがずいぶんと違ってくる。

一般的に「理解」と言うのは、一体どのレベルでどの程度まで掘り下げたモノを言うのか判然としないが、東京に居続けていた自分の「理解」を「0」とするなら、ここ2週間で「4〜5」位になった気分でいる。

コレを人は「自己満足」と言うのだが「無いよりあった方がましである」と言うレベルで画期的だった。

ワタシは基本的に出不精で旅嫌いだ。自分で自ら旅行に行くなんてほとんど考えられない。大好きな「羅大佑」のコンサートがあればそれなりの行動に出るが、今般は貧乏でそれもままならない。

仕事の関係で動いた今回の「中国」「名古屋」。収穫は大きかった。コレからは嫌がらずに積極的に外へ出ようと思った。今更だけれども。

戦犯くんは今、ヨーロッパに行っている。自分は欧米専門でワタシにはアジア関連を投げて寄越す。コレの裏には彼が戦後に植え付けられたらしい「欧米崇拝亜細亜蔑視」の田舎モノ根性が染みついている。ワタシはアジアを楽しんでいるが、彼は全然楽しめないのが見え見え。

実はかく言うワタシ、つい10年前まで「欧米亜細亜崇拝日本蔑視」だった。ワタシの場合は全て音楽に関する話だけれど。ある時期に目が覚めて最近はすっかり治った。日本のミュージシャンのモノも貪欲に聴き、積極的にライブにも行っている。

一つ糸口を見付ければ後はスルスルと情報と人が繋がって、あっと言う間に結構大きな広がりを見るに至った。世の中は狭い。人類は皆兄弟なのだ。違うか…。

閑話休題。

要するに一つトコロにいて固定概念にしばられていてはだめと言うことです。三次元でよじれる位相のズレ、ベクトルの違いを感じ取らないと面白いことは何もない。

知らない街を歩いてみたい。知らないモノを食べてみたい。どこか遠くへ行きたい。けだし名言なのであります。
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名古屋で朝10時30分からの葬儀・告別式に出て来ました。6時30分の新幹線で名古屋に入り、地下鉄で「吹上」というトコロに行く。

駅から700mほど離れたきれいな斎場で葬儀・告別式。96歳のご母堂だから誰も悲嘆に暮れていない。良い感じでした。

亡くなったご母堂の口癖は「長生きしなさい。長生きすれば苦しんで死なずに済む」だったそうで、見事に眠るが如くの大往生だったそうです。

トコロで行きの新幹線はD席。二人掛けの通路側。爆睡していました。変な夢見ていたなぁ。1時間みっちりと見ました。疲れた。隣の人も覚えていません。

帰りもD席。隣は名古屋から乗った可愛い女子高校生一人。「カバン上げる?」「あ、いいです」だけで後は爆睡。また変な夢見ていたなぁ。隣の高校生もノート広げたまま爆睡していた。

品川に着いて「じゃ、お疲れ様」と言って別れる。会話はコレだけ。ニコニコしていたのは彼女もよく寝たからだろう。

事務所に戻って旅費の精算をして、日記を書いて今から月に一度の医者です。血圧高いんだろうなぁ。めんどくさいなぁ。
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北京での現地ガイドは「範明輝さん」。この名前で女性だ。勇ましい名前で驚いていたら、本人も気にしているらしく「女の名前じゃ少ないです」と笑っていた。年頃は40前半という感じか。

もちろん日本語は堪能。ぺらぺらである。色々と北京の情報を聞く中で「お子さんはいらっしゃるんですか?」と聞いたら「幼稚園です」と言う。「大変じゃないですか。こんな仕事をしていたら時間がないでしょう」と思わず聞いたら予想外の答えが返ってきた。

「全寮制の幼稚園に入れているんです。離婚しちゃったので夫はいないし。土日も仕事だったら両親に面倒見て貰っています」と言う。驚いた。

北京の公の機関に勤めていらっしゃる「範立巌先生」は44歳。北京の理科系の大学で第2外国語として日本語を学びつつ、金属関係の学位を修め、紆余曲折の後現職について日本を担当されている。

もう一人の範さん同様、日本語は完璧である。中国語の単語の微妙なニュアンスの違いを日本語で明解に説明してくれる。大変に勉強になった。

彼の奥さんは公安で国際関係の要職にあり、つまり共働きである。一人娘は小学校2年生。やはり「全寮制の小学校に入れているんです」という。金曜日に迎えに行き週末を家族で過ごし、月曜の朝に寄宿舎に送り届ける。

両親二人は徹底的に稼いで、マンションのローンとともに莫大な金額の学費を払い続けるのだ。

一人っ子政策が徹底している中国、特に北京ではこんなコトは当たり前なのだった。一人の子供に徹底的に金を掛けて最高の学問を身に付けさせ、アメリカの大学に送り出す。コレが彼らのお約束になっているのだ。

自分たちの幼少期は文革末期で「紅小兵」だった。学問より革命だった。こんな時代を自分のこども達に送らせたくない。寄宿舎に入れて、一人っ子の問題点である協調性の欠如を補い身に付けさせるという意味もある。

大切な一人っ子に最良の環境と最高の学問を身に付けさせたい一心なのだ。

中国の各都市には、極めて大きく最新の設備を持つ「国立児童病院」が必ずある。一人っ子を亡くしたらえらいことになるからである。政府としては「一人っ子政策」を人民に守らせる代わり、その対策も怠らないと言うポーズなのだろう。

彼らは言うなれば、かつて「文化大革命」で毛沢東に否定された「ブルジョワジー」に他ならない。中国は「富裕層」つまり「ニュー・ブルジョワジー」の存在を認めたのである。だからこそ中国の今の大躍進がある。

ただ、見えないヒエラルキーはある。二人の範さんはどちらも北京生まれの北京育ちだ。地方出身者ではない。では地方出身者、地方在住者はどうなのか。この辺がもっと見えてくると、中国がもっと見えてくるに違いない。

今回の旅は多くの親日派の中国人に会うことができたが、その陰には違う立場の多くの人民が控えているのだと言うことも判った。あの一件があったからである。

毛沢東は人民を解放したが、内在するヒエラルキーを解放することはできなかった。それは日本にしても同様で、容易なことではなし得ることではない。

中国は大きい。地方に行けばかつての「貧農・下層中農」は今も形をほとんど変えずに存在するのだ。今後の中国の変革を阻むのは、実は毛沢東にも解放できなかった彼らなのだと思われてならない。

都市部に生活する「ニュー・ブルジョワジー」と地方にいる「旧貧農・下層中農」。中国が持つこれらのヒエラルキーの違いがもたらす大きなテンションを如何にガス抜きさせるのか。中国の首脳陣の苦悩が判るような気がするのだ。
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  • 2010.09.22 Wednesday 14:43
  • category:Travel
  • author:orffglass
  • 中国(北京、ハルビン、大連)の市場調査概要
報告日:2010年9月22日

9月12日(日)〜18日(土)まで、某省の外郭団体、財)○×△振興センターの受託事業「某調査団」の一員として甘木が参加させていただきました。私の渡航・宿泊費用は全て国費です。

訪問先は北京市(人口1700万人)、ハルビン市(同480万人)、大連市(同350万人)で、中国の東北部(旧満州地域)をそれぞれ2泊3日ずつ訪問しました。

同行者は某業界、某用品業界、某々業界、某々某業界、某々某々業界の代表とそれぞれ日本側と中国側の弁理士の先生とともに行動し、私はある製品業界を中心に調査いたしました。

また、各地の公共機関、中国貿易促進委員会(北京市)、黒竜江省知識産権局(ハルビン市)、大連市商工行政管理局(大連市)を公式訪問して、双方で意見の交換を行って情報を入手し、その後各市の市場調査を行いました。


1.北京市の市場調査
○ウォルマート(アメリカ系大型スーパーマーケット)
中国製造の真正品が主で、一部日本の某社の「某ヒット商品」に酷似したものはありましたが、パッケージなど侵害されておらず、特定できませんでした。

○秀水街(偽物中心の大型雑貨市場)
日本語で「手づくり」と書かれたシールと、底面に日本語で「出前一丁」という印刷がありましたが、メーカー名が書かれておらず、店員に確認したところ「福建省で作られている」と言うことで、日本製品の侵害とは言えない商品でした。


2.ハルビン市の市場調査
○中央商城(中心地にある高級デパート)
「Lumi(フランス製)」「Ocean(タイ製)」の他に中国製造の真正品のみ扱っており、日本製品は見当たりませんでした。

○蔓哈頓商厦(偽物中心の大型雑貨市場)
「RCR(イタリア製)」はありましたが、日本製品は見当たりませんでした。


3.大連市の市場調査
○大商新瑪特購物休閑広場(中心地にある高級デパート)
地下に比較的広い製品売り場がありましたが、輸入品は「Lumi(フランス製)」がハイエンドで、中・低価格品は中国製造の真正品が並べられていました。日本製品は見当たりませんでした。

○カルフール(フランス系大型スーパーマーケット)
「Dali(大理)」と言うブランドの中国製造の真正品が主で、日本製品は見当たりませんでした。


総合すると、中国の東北部では日本製品は全く見付からない状況でした。専門店などを調査すると別な結果となったかもしれませんが、一体に中国・東北部での日本製品は劣勢であると感じられました。

蛇足になりますが日本車もほとんど見掛けられず、富裕層にはベンツ、ポルシェ、アウディなどドイツ高級車が幅を利かせていました。一般市民にもモータリゼーションは及んでおり、主に韓国との合弁の中国製造の車が多く見掛けられました。

某製品は中国市場で高級品として善戦しており、中国側と代理店契約を結んで真正品も大量にあり、同時にイミテーションもありました。

軽工業品、生活必需品に限って見れば、中国産品で十二分にまかなえるレベルまで品質が上がって来ており、超高級品でもなく日常使用品でもない日本製品の微妙な立ち位置が感じ取れました。

また、北京は5年前の訪問時より一層の近代化が図られており、北京オリンピックの効果だと思われます。首都としての機能は地下鉄網の急速な伸張で、アクセスに関してはほぼ完成形に近いと感じました。

北京からハルビンに移動する機中で中国の新聞で「尖閣諸島・船長逮捕」のニュースを知りました。ハルビン市内で公共バスに乗ったときに「日本人だ」と言う声が聞こえ、またレストランなどでの我々に対する対応が冷淡で不思議に思っていましたが、その夜にインターネットで「外務省発表の在中国の邦人に対する注意」を読み、事の重大さを理解しました。

翌日は大連に移動しましたが、大連は中国で唯一の親日的な土地柄と言われるだけ有り、何も問題はありませんでした。18日が満洲事変の発端となった「柳条湖事件・79周年」で色々と懸念されましたが、調査団最終日と言うこともあり問題なく帰国しました。
以上
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朝だ朝だ〜よ〜、朝日が昇る〜♪ 東方紅、太陽昇♪
ついに帰国の朝であります。

7泊8日はやはり長かった。北京に着いたのが先週の日曜日。夜、北京在住のわたしの第三の息子に会ったんだけれど、それが遙か昔のように思えて仕方がない。Hくん、本当にありがとう。お世話になりました。

北京からわれわれのミッションに参加して、専門家として通訳や現地機関との対応を引き受けてくださったF先生にも感謝感謝だ。日本語がご堪能なのは驚倒なのだが、それよりも気配りの人。われわれのミッションの守り本尊のような方だ。

お互いに「iPhone」を見せ合いながら仕事以外でもお世話になった。地元の「超市」(スーパーマーケット)を楽しみ尽くせたのもこの方のお陰。ありがとうございました。

そして、ミッションのメンバーの皆さん。法務関係の専門家を筆頭にいろいろな業界を代表して参集した7名は、ベテランからわたしのような新人までいたが、実にすばらしいチームワークだった。

和気藹々と言うが、コレはやはり質が違った人がいるとかなり違ったことになる。特筆すべきは法務関係の専門家のI先生で、専門分野の知識、経験が豊富なのは当然として、何よりも明るいお人柄が素敵だ。深川生まれの江戸っ子で、気は優しくて情熱の人かな。

骨董がご趣味で、いろいろな買い物をされるのだが、ことごとくババを引いて自ら人柱となっておられた。いや、笑わせていただきました。

良い旅だったと思う。特に想定外の「尖閣諸島問題」が勃発して、たまたま現地にいて直に中国人民の空気が読めたのは貴重な経験だった。わたしは国際問題をとやかく言う柄ではないが、テレビや新聞の報道を一切信じないわたしにとってはラッキーなタイミングだったと言えよう。

あとは無事に帰るだけである。家に帰るまでが遠足だ。さて、成田からの帰宅ルートをどうしたモノか…。ううむ。
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ついにミッションの最終日。明日は帰国するのみである。ホテルの「FURAMA HOTEL DALIAN」は古いが風格のある部屋で、なかなか広々としている。

今回のミッションで三軒のホテルに泊まったが、北京の「PENINSULA BEIJIN」がダントツでトップ。惜しくも次点はココだろう。バスルームだけだったらココに軍配が上がる。理由は広さと「ウォシュレット」がある点(笑)。

今日は午前中に「大連市工商行政管理局」に公式訪問があり、午後は多少の自由時間がある。「大連駅」に行ってみようかと。「路面電車」にも乗りたいし。旅に出ると「鉄」になる。

こちらのテレビを観ている限り「尖閣諸島問題」は相当大きく報道され続けており、一人歩きもおとなしく控えめにと言う感じで行くのが正解ですね。マンホールを撮り続けてスパイに間違われるのも一興か。

とりあえずそんな感じの大連の朝です。
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哈爾浜の朝は突然16℃でした。涼しいと言うより寒い。前日まで25℃だったのに。慌ててジャケットを出して着込みました。バスで哈爾浜空港に移動する間、車窓から眺めていると、道行く人々はすっかり初冬仕様です。すごいなぁ、この順応性。

もっとも空港に着いたらうっすらと暖房が入り、暑くて仕方がありません。ジャケットがいきなり邪魔になりましたよ。

大連行きの国内線で、初めてスーツケースがX線検査で引っ掛かりました。原因は単三電池10本です。なんで国際線で引っ掛からないのに。大汗をかきました。

で、大連の初日です。仕事の話はいいとして、ホテルに投宿して、夕食までに1時間余裕ができたので「中山広場」の「旧大和ホテル」と「旧横濱正金銀行」を観に出掛けました。

ちなみに泊まったホテルは16年前と同じ「大連富麗華大酒店」です。様子はすっかり変わっていました。建物には多少の面影は残っていますが、全く別物と行ってもいいでしょう。

全然違うのは周囲の環境。何も覚えているものがありません。コレには参りました。わたしがバカというのはおいておくとして、すっかり「近代化」してしまっているのでした。別な街なのです。

ホテルの備え付けの地図から「中山広場」が近いと判ったので出掛けてみましたが、右も左も判らない。助かったのは「iPhone」の「マップ」でした。ナビゲータとしてこんなに役立つとは思いませんでしたよ。もうスイスイ(笑)。

今回の旅は「iPhone」に助けられ続けています。コレは本当に「世界標準」で使い物になります。
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尖閣諸島での衝突事件は月曜日から何となくくすぶっていた感じだったが、今日の昼間、哈爾浜市内のレストランで昼食を食べた後、市場調査で雑居ビル風マーケットに出掛けたら、背後から「Riben-ren、Riben-ren」(日本人だ、日本人だ)と言われること数回。

最初これらの意味がしかと解らなかったが、哈爾浜名物ロシア料理の夕食後、いっしーさんから「邦人注意喚起情報」をいただき全て納得。コレはちょっと冗談ではない感じ。

早速同行のメンバー、添乗員で「iPhone」で回し読みしてこの日の「嫌な感じ」を理解して協議。明日は「大連」だが、市場調査後の散策などの単独行動は自粛。中国側との会談も再度先方の意向を聞くことにした。

その後バスで宿舎に戻る途中で事件。交通事故。こちらの大型バスの後ろに自家用車が追突してパンパーがもぎ取れるほどだ。わたしは初事故経験。こちらは何も被害はない上に、先方は酒気帯びと解ったが、われわれはこのままでは帰れない。

代替車がくるのを待つ間は「尖閣諸島」と「事故」の話。厄落としになればいいがという感じ。明日は5時起きで「大連」に向かいます。
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昨夜も0:30までワインを痛飲。完璧な二日酔いなのにちゃんと現地時間で06:00に目覚めてしまうのがトホホ。仕方がないので朝食を食べにレストランに行ってみれば、今回のミッションの長老たちに会う。仲間入りですか。コレもトホホ。

哈爾浜にしては記録的な暑さらしいけれど、東京、北京とこの調子なので何も言う気にならない。諦めました。

東京は涼しいのかしら。NHK-BSを観ればいいのだけれど面倒くさい。完璧な二日酔いが故です。

尖閣諸島の問題はこちらでも微妙な空気が漂っている。今日の訪問予定地の黒竜江省哈爾浜市知財局も何か突然ぎくしゃくし始めているし。本当にいろいろあります。

とりあえず今日の調査にそろそろ出発です。時間に余裕があるそうなので「哈爾浜駅」には行ってもらうことにします。建物オタ、なんちゃって鉄道オタとしては外せません。

それにしても中盤を越えてそろそろ疲労が…。
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