• 2014.08.29 Friday
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  • 2011.10.03 Monday 16:52
  • category:Fool
  • author:orffglass
  • 烏合の衆にはテレビがお似合い
今日は有給休暇を取った。夏休み分が消化できていないので、ココで一つ消化しておこうという感じ。こう言う日は前日に寝るのが遅くなる傾向がある。と言うより朝まで起きている。手に入れたばかりの「Flairck」CD-BOXを聴きながら27時まで。

27時から29時まで、ラジオ関西を聞く。神戸の中波民放局なんだけれど、深夜なら東京でもクリアに聞こえる。「中村よおのトオリヌケストリート」。本当に良い番組で、掛かる曲は70年代のロック、ポップス、フォーク。話題は音楽や居酒屋のディープな話。

こう言う大人を相手にした落ち着いた「番組」が東京には無い。いきなり「ラジオ深夜便」になってしまう。不思議でありますね。今後の編成を考えるなら、ある程度「団塊の世代」を意識した番組作りをした方が良いと思うんだけれど。「ラジオ深夜便」は「老人」向けだろう。

ただ、「団塊の世代」ってクセモノで、まともな文化を持っていないと言う気がする。鰯の群れみたいなモノで成りはでかく見えるが、一つ一つの個人は大したコト無いと言うモノだ。その指摘はどの世代も同じだろうが「団塊の世代」は別格だと思う。とにかくマスで見た目がデカイからなぁ。

あの人達の趣味ってイマイチ見えてこないのは確かだ。ちょうどいい感じで「定年」を迎えているが、その効果が現れているのかどうかも微妙なんですね。自己主張をしないでも認識されるくらい団体として大きいから、企業からいなくなっても問題ないのかも知れない。

一方で、相対的にマジメな人はたくさんいるから、今、ノーベル化学賞をバリバリ取っているのは「団塊の世代」が多い。20年前に高度成長期からバブルを背景にバリバリ活躍していた人たちだからだ。20年後は皆無だろうな。

話がとっ散らかってきた。要するに「ラジオ深夜便」ではない「団塊の世代」を巻き込むラジオ番組を作るべきだと言いたかったんだけれど、今、一つ大きな失敗に気付いた。アイツラはテレビは観るけれどラジオは聞かないんだった。ワタシはテレビを観ないのでアイツラの動静が判らないのだった。

今更、大切なラジオ番組をアイツラに踏みにじられるより、そっとコノままの方が正解なのかも知れない。烏合の衆には近付かないに限るのだと今更気付いた。桑原桑原。
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どうしても仕事に行く気がしない。火曜日に会議があり、月曜日の夜はのっぴきならない用事があって残業ができない。なのに仕事場に行きたくないのだ。嫌なんです。

理由は簡単。資料をどの様に作成したら良いのか、名案が思い浮かばないからなんだよね。鬱陶しいくらいに面倒臭い。やらなければならないのは判っているんだけれども、目標が立たないと話にならないのだ。

ただ、ワタシがやらねば誰もやらないことは判っているので、そろそろ気分を変えて自転車に乗る方向に、気分を入れ替えております。ああ、くだらない会議を残していった戦犯が恨めしい。ふざけてやがって。

と言いつつ腰が重いなぁ。床屋に行ってスカッとして、明日に集中して仕事をした方が正解のような気がしてきた。

嗚呼、何をくだらないコトで悩んでいるんだろう。せっかくの三連休最後の日曜の午後。
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マジに夏の終焉を感じる今日この頃。朝夕の自転車通勤が本当に楽になりました。些細な温度差だと思うのだけれど、露骨に体が楽なんです。これからしばらく、快適なサイクリングが約束されたみたい。何とか夏を越えられたようで安堵しております。

今年の3月12日から始めた自転車通勤も、半年になろうとしているんですね。早いなぁ。愛車は頑丈で、どこにも支障なし。タイヤの空気圧と、チェーン、ギヤ、ボトムブラケット付近のオイルはまめにチェックしている。あと、ブレーキシューは前後とも一度交換した。イケズさんには改めて感謝します。お陰様で快適な通勤環境です。

事務所のベランダに設えた「緑のカーテン」もそろそろ秋の気配。ゴーヤーの一部が枯れ始め、収穫量もめっきりと減ってきた。大きく育たないのね。肥料不足のせいもあると思うけれど、ゴーヤーが「もうそろそろ疲れましたわ…」と言っている感じだ。

それに反比例して、見事な花を咲かせているのが「朝顔」です。真夏は全然咲かなくて心配していたんだけれど、今頃になって大輪の花を咲かせてくれて驚いた。タネを蒔く時期が遅かったのかな…とは思うが、これが夏休みの「自由研究」だったらとんでもないことですよ。何も書けなかった。



それにしても、毎朝、その日に咲いた「朝顔」を眺めながらじょうろで水を撒く初老ですよ、ワタシ。まさかこんな人生が待っていようとはねぇ。10年前の9月11日には想像もしなかったですよ。それどころの騒ぎでは無かったからですが。つくづく人生なんて判らないモノですねぇ。

環境の変化は自分では中々引き起こせないけれど、一つの流れを掴まえれば、アレヨアレヨという間に大変革が始まる。今回のきっかけは戦犯くんの後任の人選ミスで、自ら墓穴を掘る形でスタートしたのが実に皮肉であります。

嗚呼、増長しちゃいかんのよねぇ…と、ふと吾と我が身を省みちゃったりする訳ですよ。我是日三省堂です(笑)。

そんなワタシは、今夜、錦糸町のトリフォニーホールで新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会です。全然似合わない!!
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  • 2011.08.31 Wednesday 15:38
  • category:Fool
  • author:orffglass
  • 書けないものは書けないと言えない夏休みの宿題は拷問だ
八月三十一日と考えただけで、胸が締め付けられるような焦燥感が全身に広がり、ややもすると何もかも放り出して、この場から逃げ出してしまいそうになる。何のことは無い。夏休みの宿題だ。ワタシはお勉強のできる子供では無かったので、この日は必ず「トタン屋根の上の猫」のような状態だった。

まず、算数ドリルとか、漢字の書き取りなどは、夏休みの始めの頃に済ませてしまっていた。これはワタシの趣味ではなく母親の強制である。終わらせないと遊ばせてもらえない。7月中に終わらせた。

工作や図画は好きだったので、言われないでもやった。糸巻きでクレーンを作ったりしていた。好きこそ物の上手なれ…とは良く言ったもので、まあまあな代物ができていた。絵も、適当に絵の具で絵を描くと、行ってもいない滝の風景なんかがでっち上げられるのだった。

問題は何かと言えば「作文」だった。自由題の作文一つと、読書感想文一冊分。これが最後に残るのが常だった。大体本を読むのが好きなのに読書感想文は書けないという、要するに致命的なバカ者だったのである。

あの苦しみは今でも夢に見るくらいツライものだった。問題は読んだ本が感想文に不向きなものばかりだったことだ。「零戦のパイロット・坂井三郎の伝記」とか、「コンティキ号漂流記」とかワクワクして読んでもその感想文となるとからかし意気地が無い。何も思い浮かばないのだ。要するに「面白かった」だけなのである。

ここからが大変なのだ。文章が思い浮かばない焦燥感とともに頭の中は真っ白になり、真っ白な原稿用紙のマス目が、頭の中の地平線まで広大に広がるのだ。こうなったら頭はしびれたようになって、何も浮かんでこない。

泣きそうになりながら必死に考えるのだが、結局何も思い浮かばず、今ではどのように書き上げたのかすら思い出せないのだ。何やら卑怯な技を使ったのだろうか。結果的には何か書いて提出しているのだが、覚えていないくらいだろから、ろくなもので無いことだけは確実だ。

今でも、「コクヨの400字詰め原稿用紙」を前にすると、一行だろうが何も書けません。完全にトラウマになっています。今書いているこれも「エディタ」だから書けるのであり、「原稿用紙のマス目」があったら、絶対にアウトです。

いま、なぜ、なんとか文章が書けるようになったのか。それは大学時代、ガールフレンドに書き続けたラブレターのお陰なのだけれども、その話はいずれまたの機会に。
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  • 2011.05.21 Saturday 17:53
  • category:Fool
  • author:orffglass
  • 日々雑感・放射能誰も差別しない
結局仕事は明日に行くことにして土曜の今日は家でゴロゴロ、と言うより眠りまくっていました。どうしようもないほど眠いのね。ただひたすら寝ていました。

食べるモノはちゃんと食べましたけれどね。睡眠もエネルギーを使いますからね。ちゃんと食べるモノを食べて、全身全霊、全知全能を掛けて心を込めて寝る。コレは大事なコトだと思います。

と言う訳で自堕落な週末の半分が終わろうとしています。ちょっと虚しい感じが良いんです。だって日曜じゃないから。土曜だから(笑)。

そんな訳で今から充実の土曜の夕方を過ごします。奥さんと自転車で夕食の買い物を次男が勤めるスーパーに行く。あぁ、バカだなぁ(笑)。だけどけっこう週末のお楽しみだったりするんだな、コレが。天気も良いし。

ただ一つ気に入らないのは、ワタシの愛機「iMac」が4年目を過ぎて重くて重くて…。困ったなぁ。理由は判っているんですよ。「radiko」でラジオ番組を録音する為に、同時に5種類のブラウザを立ち上げているのですよ。コレが原因。メモリも足りないし。仕方がないですな。

と言いつつお出掛けの時間になりました。行って参ります。

以下にrikakuroさんからぱくった映像を貼り付けておきます。戦慄の大傑作!!

http://www.youtube.com/watch?v=Z_Tg3sW9ElU&NR=1
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行楽、娯楽の一切が自粛ムードの中、お花見を決行することになりました。某邸宅の中庭に亭々と聳える染井吉野の大木があり、それが今、ちょうど満開。今日明日にも散り始める寸前というパーフェクトなタイミング。

ワタシは友人と新大久保で酒やらつまみを調達して今から某邸宅に向かいます。仕事なんて明日でもできる。今日は何もかも全てを忘れて花見に打ち興じて参ります。今年はこの花見一度だけで終わりです。

では、失礼いたします。そわそわ。そわそわ。
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ワタシはほとんど毎日夢を見ているが、覚えていることは滅多にない。それなりに面白い夢を見ているつもりなのだが、わざわざ覚えているほどのインパクトがない…と言うことなのかも知れない。

今朝の夢は違った。余りにも面白くて素敵なので、奥さんに「アナタ、6時よ」と起こされたのに、夢の続きを見たいので「6時20分まで寝ます」と2度寝してしまったくらいだ。そしてちゃんと続きを見たのだから立派だと思うよ。

内容は他愛のないモノです。ワタシの奥さんが「大原麗子さん」なのだった。飛び切りの笑顔で、ちっちゃくて、素敵なワンピースを着ていて、ソファの上で体育館座りをしているのだった。

ワタシを覗き込むようにして言うのだ。「あのCDは絶対に渡せませんからね」。傍らにいる猫がうなずく。大原麗子さん…。あ、夢の中の設定ではワタシの奥さんです。

奥さんは二人のコレクションである極めてレアな日本の70年代フォークのCDの所有権を主張しているのだ。あの可愛い笑顔で。あの声で。

どうもワタシと大原麗子さんは離婚の危機に瀕していて、その財産分与の話し合いをしているらしいのだ。蜜月時代もあっただろうに、選りに選って離婚の瀬戸際とは…。それでも見ないよりマシなので、喜んでいるワタシなのだった。

大原麗子さんは長い髪を掻き上げて左肩に寄せて言う。「あなたはそんなに好きじゃなかったんじゃないの?」。ニコニコの笑顔で言われてみれば、確かにどのCDのジャケットにも見覚えはなく、ミュージシャンも知らない人ばかり。海賊盤らしく作りも粗末だ。

でも、夢の中のワタシは大原麗子さんと同じくらいその数多のCDに思い入れがあるのだった。なぜか知らない。なぜ70年代フォークなのかも判らない。でも、もの凄く思い入れだけは強いのだった。大原麗子さんにも、CDにも。

ワタシは大好きな大原麗子さんを悲しませないためにCDを諦める決断をして、小さな大原麗子さんと猫に別れを告げたらホンモノの奥さんに起こされた。

ワタシは高校時代に、アイドルというモノはいなかった。全然興味がなかった。洋楽野郎だったので日本の歌謡曲の知識は無かった。大原麗子さんは役者だった。ウイスキーのコマーシャルもしていた。その辺でイテ込まされていた。その時代の思いが吹き出てきた感じだった。

奥さんに「大原麗子と別れたよ」と言ったら「はいはい、早く起きてね」と言われた。小橋玲子の成れの果てのような奥さんだ。なんとなく幸せな朝だった。大原麗子さんとは別れちゃったけれどね。
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だからワタシは野球が嫌いなんだ。そのマジョリティ然とした傲慢さはどうなんだ。
蹴球も籠球も排球も庭球も卓球も門球も打球も十柱戯も大嫌いだ! と言う感じ。
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  • 2011.02.11 Friday 14:17
  • category:Fool
  • author:orffglass
  • お願いだからこのまま消えてくれ
本当にお願いだから石原はコノまま消えてくれ。それから、石原同様にタレント系のバカどもも遠慮してくれ。人気投票じゃないんだから。

石原知事に出馬要請続々…本人は「左右されぬ」
(読売新聞 - 02月10日 22:45)
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  • 2011.02.08 Tuesday 17:35
  • category:Fool
  • author:orffglass
  • 仮面か、シャドーか、隈取りか…
ワタシがヒゲをはやすようになって20年経った…と思う。ちゃんと覚えていないのが情け無いが、なかなかワタシ風ではある。長男が幼稚園の年長さんの時にははやしていたので、ザックリとそんなもんだろう。

3歳下の次男はワタシのひげ無しの顔を2ヶ月しか見ていない。3年前に一度だけ色々あって剃り落としたのだ。次男はビックリしていましたねぇ。「お父さんのひげの無い顔は初めて見ましたよ…」と言って黙った。

ワタシとしても余りのマヌケヅラに辟易として、頃合いを見計らって、2ヶ月もしたらまたはやした。とてもひげのない自分に耐えられなかったのである。以後、血迷うこともなくはやしている。

元はと言えば、年末年始の9連休に一度も顔にカミソリを当てなかったら、ソコソコ見られるひげがはえて、もったいないのでそのまま出勤したのが発端だった。

ワタシのひげは性悪で、真っ直ぐにはえない。つまり電気カミソリだと上手く剃ることができないのだった。仕方がないので「二枚刃」のカミソリで毎朝剃るのだが、元々面の皮が薄いので、アチコチから血が出る有り様。ワイシャツのカラーに赤い血痕が絶えなかった。

今でも行っている床屋の林さんは「お代は返すから顔剃りだけは勘弁してくれ」と言われたのも懐かしい。プロでも嫌がる性悪ひげだったのだ。

つまるところ、顔の養生が大変に楽になった…と言うことだ。メンテナンスは週に一度、日曜の夜に風呂場の鏡の前で電気バリカンを使って刈り込み、ハサミで剪定する。モノの5分だ。

小学生の頃、立派な「カイゼルひげ」を蓄えた素敵なおじ様が学校の泊まり込みの夜警さんで、ワタシが登校する時分に擦れ違いでお帰りになる。子供心に「立派なモノだなぁ」と憧れていたが、自分でメンテナンスをするようになって、あれは元々ひげの素性が良くなければ無理と判った。

コトほど左様にひげをはやすことに腐心しているように思われがちだが、実はワタシにとってひげは「剃らなくて良いので楽だ」と言うだけのことだ。それ以上でも以下でもなくなった。

理由は簡単。自分の顔なんて見ていることは1日のうち1分も無いのだ。朝、洗面をする時に鏡に映った自分の顔を眺めるきりである。だから、自分の顔にひげがはえているなどと言うことは全く意識していないのだ。自分の顔は自分では見えない。自分の顔は自分の背中とさして変わらない。

昔から、人品骨柄と言うモノは自ずと「顔」に出たり「背中」に出たりするモノらしい。「脚」に出るとか「肘」に出るという話は余り聞かない。要するに自分で見えないところを他人様はご覧になっていると言うコトだ。

敢えて改めて繰り返すけれど、自分の顔なんて自分で見えないのに不思議なモノだと思う。

もしかすると、ひげは「仮面」の一部か、歌舞伎の「隈取り」の代替物のようなモノなのかも知れない。一部の宗教団体では「シャドーである」と言う説もあるが、それもまた「さもありなん」なのである。
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